夜の山中にそびえる、一本の古い放送塔。
廃墟のように見えるその鉄塔から、時折、誰も知らない周波数の“声”が流れるという噂がある。
それを聞いた者は、どこかで同じ夢を見る――。
SNSが発達した現代でも、この噂は消えることなく広がり続けています。
音声技術、監視社会、そして孤独。
この都市伝説は、ただの怪談ではなく、私たちの無意識が発する電波なのかもしれません。
廃送信塔の“ノイズ”
最初にこの噂が記録されたのは2005年頃。
南部の山地にある無人の放送施設が、夜間だけ微弱な電波を発しているとアマチュア無線愛好家たちが報告しました。
周波数を合わせると、ノイズの合間に断片的な人声が混じって聞こえる。
「数を数える声」「祈るような囁き」「名前を呼ぶような音」。
それらはどれも意味を成さず、録音しても再現できないといいます。
警察が調査した形跡もなく、放送免許の記録にも該当施設は存在しませんでした。
それなのに、波は確かに届いていたのです。

伝説の拡散と“受信者”たち
やがてこの話はインターネット掲示板に投稿され、「聞いた者の夢が似ている」という報告が増えました。
夢の内容は、暗い森、錆びた塔、そして呼びかける声。
心理学的に見ると、これは“聴覚的共有幻想”の一種と考えられます。
不特定多数が同一のイメージを再生する現象――
つまり、噂そのものがひとつの“受信機”になっているのです。
現代の都市伝説は、かつての口伝えの代わりにデジタルな残響として広がります。
誰かの体験が書き込まれ、他者がそれを読む。
そして、読む者の脳内で再び“音”が鳴るのです。

ノイズの中の孤独
現代社会では、無数の声が常に流れています。
AI音声、アナウンス、通話、配信。
それらの声は、誰かに届くことを前提として発せられています。
しかし――
黒い山の放送塔から流れる声には、送り手が存在しない。
発信者が不明であることが、この噂の核心です。
誰の声でもなく、どこからも届かない電波。
それは、情報社会の裏側に沈む人間の孤独を象徴しているのかもしれません。

終わらない周波数
「黒い山の放送塔」を探しに行った者が、実際に鉄塔を見つけたという報告はありません。
それでも夜になると、一定の周波数でノイズが流れる。
誰も発信していないのに、声が聞こえる。
――それは、誰の記憶にも属さない“存在しない声”なのでしょうか。
あるいは、私たちが無意識のうちに発信し続けている心の信号なのかもしれません。

