闇の祭壇の囁き|“誰も知らない声”を聞いた夜の記録

闇の祭壇の囁き|“誰も知らない声”を聞いた夜の記録

その夜、古い教会には誰もいないはずだった。

なのに、祭壇の奥から、小さく震えるような“声”が聞こえた。

人の声に似ているようで、風が擦れる音にも近い。

ただひとつ確かなのは、それが“呼んでいる”という感覚だった。

心霊スポットとして知られている場所でもない。

地元の人々はむしろ「静かで気味のない場所」と言う。

だからこそ、その声は異様だった。

目次

消えたはずの礼拝堂

教会は、50年以上前に閉鎖された建物だ。

地震で天井が崩れ、一度は取り壊しの話も出たが、なぜか誰も手をつけようとしなかったらしい。

地元の記録には「修復計画 取りやめ」とだけ残され、理由はどこにも書かれていない。

ただ、ある年を境に参拝者の姿が突然消えたことだけは確かだという。

その夜、調査のために中へ入ると、埃だらけの床には誰かの足跡が点々と残っていた。

最近のもののように新しく、祭壇の奥へと続いていた。

声の正体を探して

足跡の先には、壊れた礼拝台がぽつんと残っていた。

周囲を照らすと、壁一面に“細い傷”が無数に走っている。

クロス状に刻まれたその傷は、遠くから見ると祈るような姿にも見えた。

そして、ふたたび声が聞こえた。

「……ここに……」

まるで湿った空気の中で誰かが囁いたような、かすかで、息を飲むような声だった。

録音を再生すると、雑音の中に確かに“母音”のようなものが残っている。

しかし、分析しても人の声帯から出る波形とは一致せず、風や建物の軋みにも分類できなかった。

専門家は言う。

「音源が“固定されていない”波形です。

生物でも物音でもない、中間のような信号です。」

つまりそれは、“何か”が確かにそこにあったという証拠だ。

失われた祈りの跡

古い教会の資料を調べると、閉鎖される直前に一度だけ、深夜の礼拝が行われていた記録がある。

だが、日付も牧師の名も黒塗りにされており、参加した人数も不明。

唯一残ったメモには、こう書かれていた。

「誰もいないのに、祈りが続いていた。」

その夜の礼拝を最後に、教会は突然閉鎖された。

その後、関係者も語ろうとしなかったという。

祭壇の奥に積もった埃の下から、ひとつの金属プレートが見つかった。

表面には薄く、文字のような線が彫られている。

光を当てると、こう浮かび上がった。

「わたしは、まだここにいる」

闇に残る声

教会を離れるとき、外の空気は澄んでいるのに、耳にはあの声だけが残っていた。

たしかに怖さはある。

けれど、どこか悲しげでもあった。

まるで、長いあいだ忘れられた祈りが、ようやく誰かに届いたのだと感じさせるように。

――その声が何だったのか。

今もはっきりした答えはない。

ただ、あの夜に残された“囁き”は、静かに今も続いているのかもしれない。

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